19世紀の富裕税
バーゼルの商人と銀行家が蓄積した富は課税の対象であった。19世紀のバーゼルにおける課税の歴史は、有産エリート層とより広い住民層との間の緊張を示している。ヘルヴェティア革命の後、バーゼル州(カントン)は財産と所得に対する直接税を導入した。1833年の州の分割の後、バーゼル=シュタット州は、所得と財産への課税に次第に依拠する税制を発展させた。1
富への課税は市を二分する政治問題であった。富の大部分を所有する門閥家族は、穏健な税率と資本の保護を主張した。増大する労働者階級を代表する急進派、のちには社会民主主義の運動は、累進課税を要求した。19世紀後半から20世紀初頭にかけてバーゼル=シュタット州で所得税と財産税に累進税率が導入されたことは、政治の民主化と労働者階級の影響力の増大を反映していた。
州が個人の純資産に年次の税を課すスイスの財産税制度は、国際比較において異例である。大半の先進国は財産税を廃止しているからである。19世紀の州の税制に根ざすこの制度は、今なお州にとって重要な歳入源である。スイスのプライベートバンクの顧客にとって、州の財産税は居住地の選択における要素の一つである。財産税率をめぐる州間の競争は、第G部で検討する租税競争の一部である。2
注
- 19世紀におけるバーゼル=シュタット州の直接税の発展(財産税と所得税、累進税率)については、バーゼルの財政史に関する文献を参照。要確認。 ↩
- スイスにおける個人の純資産に対する州の財産税(州及び基礎自治体(ゲマインデ)の直接税の調和に関する連邦法(StHG)、SR 642.14、第13条以下により調和)については、スイス税法に関する標準的な文献を参照。要確認。 ↩
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