三人のヨハンの共同事業
アメルバッハの最も野心的な計画は、ラテン語聖書の翻訳者であり、ラテン教会の四大教父の一人であるヒエロニムスの著作の完全な版であった。この計画は一つの印刷所には大きすぎたため、アメルバッハは他の二人のバーゼルの印刷業者と組合を結成した。すなわち、1480年代からバーゼルで活動していたフランケン出身の印刷業者ヨハン・ペトリと、1490年頃にバーゼルに来たフランケンのハンメルブルク出身の若い印刷業者ヨハン・フローベンである。「三人のヨハン」と呼ばれることもある3人の組合員は、この版のためにその資本、印刷機及び職人を持ち寄った。1
組合は、初期の印刷における特徴的な事業組織の形態であった。それにより、組合員は大規模な計画のリスクを分担し、その資源を結合し、互いの技能とネットワークから利益を得ることができた。組合は、各組合員の拠出、損益の配分及び書物の販売に関する規則を定める契約によって規律された。組合員は、その他の事業については独立したままであった。
アメルバッハはヒエロニムスの版が完成する前の1513年に没し、そこでフローベンがこの計画を引き継いだ。フローベンは、当代最も著名な人文主義者であるロッテルダムのエラスムスを、ヒエロニムスの書簡の編集者として起用した。この版は1516年にフォリオ判9巻で刊行された。同じ年、フローベンは、エラスムスによるギリシア語新約聖書の校訂版を新たなラテン語訳とともにNovum Instrumentumとして印刷し、これはその世紀に最も影響力のあった書物の一つとなった。2 三人のヨハンの組合は、フローベンを通じて、バーゼルの印刷とエラスムスとの協力関係を生み出し、それが市を人文主義出版の中心地としたのである。第II章ではこの協力関係を考察する。
注
- ヒエロニムスの版のためのヨハン・アメルバッハ、ヨハン・ペトリ及びヨハン・フローベンの組合、並びにエラスムスを編集者とした1516年のフローベンによる版の完成については、スイス歴史事典(HLS)の項目「Amerbach, Johann」、「Froben, Johann」及び「Petri」、並びにDie Amerbachkorrespondenzを参照。要確認。 ↩
- Erasmus, Novum Instrumentum omne, Basel: Johann Froben, 1516(2月/3月)。ギリシア語新約聖書の最初の刊行版である。ヒエロニムスの版(Omnia opera divi Eusebii Hieronymi), Basel: Froben, 1516。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。