宗教改革のパンフレット経済
宗教改革は印刷物の市場を変容させた。数年の準備と多額の資本を要する教父や古典の大部なフォリオ版と並んで、新たな商品が現れた。すなわち、パンフレット、Flugschriftであり、それは数ページの短いテキストで、しばしばドイツ語で書かれ、小さな判型で迅速に印刷され、幅広い公衆に安価で販売された。1520年代初頭のルターの著作、彼の論敵の論駁、改革者たちの説教、風刺的な対話及び挿絵入りの一枚刷りが、帝国の市場にあふれた。歴史家は、1520年代だけでドイツ語圏において数千種類のパンフレットが数十万部印刷されたと推計している。1
パンフレットの経済は、学術的なフォリオ版の経済とは異なる構造を持っていた。1タイトル当たりの投資は小さく、生産サイクルは短く、リスクは限定的であり、見返りは迅速であった。パンフレットは1日で印刷され、1週間以内に販売することができた。その成功は速さと時宜にかかっていた。ルターの新しいテキストやその批判者への反論を最初に提供した印刷業者は、競争相手がそれを再版する前に大量に販売することができた。限られた資本しか持たない小規模な印刷業者もこの市場に参入することができ、実際に多くがそうした。
バーゼルはパンフレットの経済に参加したが、その印刷業者は、ヴィッテンベルク、アウクスブルク、ニュルンベルク又はシュトラースブルクの印刷業者よりも学術出版志向であり続けた。ペトリ家の印刷所及びいくつかの小規模な印刷業者は、バーゼルの改革者たちが自らの見解を広めるために印刷機を用いた1520年代に、宗教改革のパンフレットを生産した。市参事会は、論争的な著作の政治的影響を懸念し、検閲を通じてパンフレット市場を統制しようとしたが、その成果は限られていた。
パンフレットの経済は、当局が統制に苦慮するネットワークを通じてテキスト、画像及び意見が迅速かつ安価に流通する現代の情報経済と比較されてきた。この比較は示唆に富む。いずれの経済も出版への障壁を低くし、声の数を増やし、情報の流通を加速させ、既成の権威を不安定化させた。いずれも、情報の信頼性、出版者の責任及び表現の自由の限界について問題を提起した。金融市場にとって、情報と噂の迅速な流通は相場操縦のリスクを生み出し、現代の法は相場操縦の禁止と金融コミュニケーションの規制によってこれに対処している。2
注
- 初期宗教改革のFlugschriften及びその数の推計(1520年代に数千タイトル)については、宗教改革期の出版に関する文献、例えばHans-Joachim Köhlerの研究を参照。数値は要確認。 ↩
- 相場操縦の禁止(金融市場インフラ法(FinMIA)(SR 958.1)第143条及び第155条)については、第E部を参照。要確認。 ↩
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