ユーロエアポート:条約に基づく空港
ユーロエアポート・バーゼル=ミュルーズ=フライブルクは、世界で最も特異な空港の一つである。同空港は全体がフランス領内にあり、バーゼル市の北西数キロメートルに位置するサン=ルイ、エザンジュおよびブロツハイムの各基礎自治体(コミューン)に属する土地の上にある。それにもかかわらず、同空港はスイス、フランスおよびドイツに役立っており、国際条約に基づきフランスとスイスによって共同で運営されている。1 この仕組みは、第二次世界大戦後の必要から生まれた。バーゼルは1920年代からビルスフェルデン近郊のシュテルネンフェルトで空港を運営していたが、その立地のため拡張は不可能であった。州(カントン)は後背地に用地を探し、フランス当局が協力に前向きであったアルザスにそれを見出した。
建設は1946年に暫定協定の下で始まり、空港は同年に開港した。確定的な法的基礎は、ブロツハイムにおけるバーゼル=ミュルーズ空港の建設および運営に関する1949年7月4日の仏スイス条約によって与えられた。2 同条約の下で、フランスが土地を提供し、スイスが建設資金を負担した。空港は、二国間的性格を有するフランス法上の公施設法人によって運営され、フランスとスイスが同数の代表を出す理事会によって統治されている。ドイツは諮問委員を通じて参加しており、これは南バーデンが集客圏の一部であるという役割を反映している。3
同条約は、空港をフランス区域とスイス区域に分けている。スイス区域は、ターミナルの一部と隣接区域を含み、関税道路によってバーゼル市と結ばれている。全長約2キロメートルのこの道路は、両側をフェンスで囲まれ、税関検査なしにフランス領内を通っている。4 スイス区域ではスイスの関税法が適用されるため、そこに到着した旅客はフランスの税関を通らずにスイスに入国できる。ターミナルではフランスとスイスの国境警察が勤務しており、ターミナルには両国それぞれの出口がある。2008年にスイスがシェンゲン圏に参加して以来、シェンゲン域内の旅行者に対する旅券審査は廃止されたが、関税上の区別は残っている。5
注
- サン=ルイ、エザンジュおよびブロツハイムの各基礎自治体の領域におけるユーロエアポートの立地、およびその三国にまたがる集客圏については、ユーロエアポートの公表資料を参照。要確認。 ↩
- ブロツハイムにおけるバーゼル=ミュルーズ空港の建設および運営に関するスイスとフランスの間の1949年7月4日の条約(SR 0.748.131.934.91)およびその附属定款。暫定協定および1946年の空港開港については、HLSの項目「EuroAirport Basel-Mulhouse-Freiburg」を参照。要確認。 ↩
- フランス人委員8名およびスイス人委員8名で構成され、ドイツ人委員2名が諮問的立場で加わるユーロエアポートの理事会については、1949年条約の附属定款および空港の公表資料を参照。構成は要確認。 ↩
- 1949年条約に定めるバーゼルと空港スイス区域との間の関税道路(Zollfreistrasse)については、同条約および連邦関税・国境警備局(FOCBS)の公表資料を参照。全長は要確認。 ↩
- 陸上国境については2008年12月12日以降、空の国境については2009年3月29日以降適用されているスイスのシェンゲン参加、およびユーロエアポートのスイス区域における関税上の分離の継続については、スイスのシェンゲン参加に関する2004年10月26日の協定(SR 0.362.31)を参照。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。