1356年の地震
1356年10月18日、バーゼルは、アルプス以北の中央ヨーロッパにおける有史以来最も強い地震に見舞われた。地震とそれに続く火災は、ミュンスターの一部を含む市の大部分を破壊し、地域全体の城を損壊した。1 犠牲者の数は定かでないが、物的損害は甚大であった。市の再建には司教と市民の能力を超える資源が必要であったため、それは司教区の財政危機の一因となった。
1356年の地震には、金融に関する書物で触れるに値する現代的な側面がある。バーゼルは顕著な地震リスクを有する地域、すなわちスイスのアルプス以北で最も高いリスクを有する地域に位置しており、同様の地震が再び起これば、化学・製薬産業、ライン港、そして地域の人口密集住宅地に及ぶ数十億スイスフラン規模の損害が生じるであろう。2 スイスでは地震リスクの保険は連邦レベルで義務づけられておらず、州(カントン)の建物保険機関によって部分的にカバーされているにすぎない。この空白は繰り返し政治的議論の対象となっており、保険を扱う第I部でこの問題に立ち返る。チューリッヒに世界的拠点の一つを有する再保険業界は、1356年のバーゼル地震を巨大災害リスクのモデル化における基準シナリオとして用いてきた。
注
- 現代の地震学によりマグニチュード約6.6と推定される1356年10月18日のバーゼル地震については、スイス地震局(ETH Zurich)の1356年地震に関する刊行物、スイス歴史事典(HLS)の項目「Erdbeben」を参照。マグニチュードは要確認。 ↩
- 1356年の地震が再び起きた場合のリスク評価は、スイス地震局および再保険会社によって公表されているが、損害の推計には大きな幅がある。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。