2007~2009年の危機とバーゼル2.5
2007年夏に米国サブプライム住宅ローン市場の混乱とともに始まり、2008年9月のLehman Brothersの破綻後に頂点に達した世界金融危機は、他の多くのことに加えて、バーゼル枠組みの失敗でもあった。当時施行されていたルールの下で余裕のある自己資本比率を報告していた銀行が、政府による救済を必要とした。それらの銀行がトレーディング勘定で被った損失は、バリュー・アット・リスク・モデルが要求していた自己資本をはるかに上回り、一方でそのTier 1資本には、継続企業として損失を吸収できないことが判明したハイブリッド商品が含まれていた。いくつかの機関は、長期の非流動的資産を、数日のうちに消失した短期のホールセール資金で調達していた。1
政治的な対応は20か国・地域グループ(G20)からもたらされた。その首脳は2008年11月にワシントンで初めて会合し、2009年4月にロンドン、2009年9月にピッツバーグで再び会合した。首脳たちは、より強力な自己資本基準、景気循環増幅効果への対策、リスクに基づかない補完的なレバレッジ指標、そして流動性に関する基準を求めた。1999年以来国際決済銀行(BIS)に置かれていた金融安定化フォーラムは、2009年4月に金融安定理事会へと改組され、改革課題の調整という任務を与えられた。2バーゼル銀行監督委員会は、銀行分野におけるこの課題の主要な技術的作業場となった。
最初の修繕は、トレーディング勘定と証券化に関するものであった。2009年7月、同委員会は、バーゼル2.5として知られるようになった一連の改訂を公表した。それは、通常のバリュー・アット・リスクの要件に加えて、重大な金融ストレスの期間のデータに基づいて計算されるストレス・バリュー・アット・リスクの要件を導入した。また、トレーディング勘定におけるデフォルト・リスクおよび格付遷移リスクに対する追加的リスクに係る自己資本賦課を導入し、再証券化エクスポージャーに対する所要自己資本を引き上げた。その結果、大手銀行のトレーディング業務に係る所要自己資本は大幅に増加した。3
これらの措置は橋渡しとして意図されていた。トレーディング勘定の抜本的見直しが数段階の市中協議を経て行われ、2016年1月に新たな市場リスクの枠組みとして結実し、2019年1月に改訂された。それはバリュー・アット・リスクを期待ショートフォールに置き換え、トレーディング勘定と銀行勘定の境界を厳格化し、内部モデルの承認を個々のトレーディング・デスクのパフォーマンスに依拠させるものとした。4本章の後の節が示すとおり、その実施は改革パッケージ全体の中で最も遅れた要素の一つとなった。
注
- 危機前の枠組みの欠陥については、Basel Committee, Strengthening the Resilience of the Banking Sector(市中協議文書、2009年12月)の序論、およびFinancial Stability Forum, Report on Enhancing Market and Institutional Resilience(2008年4月)を参照。要確認。 ↩
- G20 Leaders' Statement, Pittsburgh Summit(2009年9月24日~25日)、国際金融規制システムの強化に関する節。要確認。金融安定理事会(FSB)については、第F部第IV章を参照。 ↩
- Basel Committee, Revisions to the Basel II Market Risk Framework and Enhancements to the Basel II Framework(いずれも2009年7月)、およびGuidelines for Computing Capital for Incremental Risk in the Trading Book(2009年7月)。要確認。 ↩
- Basel Committee, Minimum Capital Requirements for Market Risk(2016年1月、2019年1月改訂)。一般にトレーディング勘定の抜本的見直し(FRTB)として知られる。要確認。 ↩
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