バーゼル・バンクフェライン
第C部で述べた、鉄道に資金を供給するために1854年に結成されたバーゼルの六つのプライベートバンクのコンソーシアムは、個別の取引のための緩やかな連合であった。その構成員は独立した銀行のままであり、コンソーシアム自体は固有の資本を有していなかった。業務の規模が拡大するにつれ、構成員はコンソーシアムを恒常的な機関に転換することを決定した。1872年、旧コンソーシアムの構成員およびいくつかのドイツその他の銀行の参加を得て、バーゼル銀行協会(Basler Bankverein)が株式会社として設立された。1
新銀行は、銀行業務のあらゆる部門に従事した。すなわち、手形割引、産業および商業への融資、証券の引受けおよび販売、外国為替取引、ならびに顧客資産の管理である。同行は、バーゼルの化学産業、鉄道、州および基礎自治体、ならびに外国の借り手に資金を供給した。同行は外国債券をスイスの顧客に販売し、外国銀行のバーゼルにおけるコルレス先として活動した。
バーゼル銀行協会は合併を通じて成長した。1895年、同行はチューリッヒ銀行協会(Zürcher Bankverein)と合併し、バーゼル・チューリッヒ銀行協会(Basler und Zürcher Bankverein)となった。2年後の1897年、さらなる買収を経て、バーゼルに本店を置くSchweizerischer Bankverein、すなわちスイス銀行コーポレーションの名称を採用した。2 1898年にはロンドンに事務所を開設し、これにより同行は世界の金融の首都に支店を有する最初のスイスの銀行となった。その後数十年の間に、同行はスイスの他の都市の銀行を買収し、国内外に支店網を築いた。
20世紀半ばまでに、スイス銀行コーポレーションは、スイス・ユニオン銀行およびスイス・クレジット銀行と並ぶスイスの三大銀行の一つとなっていた。アッシェンフォアシュタットの建物に本店を置いたままバーゼルにとどまった同行は、バーゼルの化学産業の主力取引銀行であった。1998年、同行はスイス・ユニオン銀行と合併し、バーゼルとチューリッヒに二重本店を置くUBSとなった。その後の歴史は第E部で検討する。このように、スイス最大の銀行は、その源流の一つを1854年にコンソーシアムを結成したバーゼルの六人のプライベートバンカーにたどることができる。
注
- バーゼルのプライベートバンクおよび外国銀行の参加による、1854年の銀行協会コンソーシアムからの1872年のバーゼル銀行協会の設立については、スイス銀行コーポレーションの沿革、ならびにスイス歴史辞典(HLS)、項目「Schweizerischer Bankverein」を参照。要確認。 ↩
- 1895年のバーゼル銀行協会とチューリッヒ銀行協会の合併、および1897年のSchweizerischer Bankverein(スイス銀行コーポレーション)の名称の採用については、スイス銀行コーポレーションの沿革を参照。日付は要確認。 ↩
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