両大戦間期と戦時のバーゼルの保険会社
バーゼルの保険者は、国外事業で損失を被りながらも、戦間期の危機を乗り切った。世界恐慌は保険に対する需要と投資の価値を減少させた。外国通貨の切下げはその外国の準備金の価値を減少させ、1930年代の政治的緊張は国外事業をより困難にした。保険者は、準備金を強化し、スイス事業に集中し、国外業務を調整することによって対応した。
第二次世界大戦中、バーゼルの保険者は、スイスにおいて、また程度の差はあれ営業する国々において、事業を継続した。前述のとおり、そのドイツ事業は戦時経済とナチス体制の条件の下で継続された。占領下の国々における事業は占領の影響を受けた。スイスにおいては、保険者は、起こりうる侵攻に備える国と戦争に適応した経済のリスクを引き受けた。そこには海運と運送の戦争リスクも含まれていた。スイス政府は輸送中の貨物のための連邦戦争リスク保険を設け、私的保険者がこれに参加した。1
戦後、バーゼルの保険者は国外事業を再建した。とりわけドイツでは、1948年の通貨改革と1950年代の経済の奇跡が、成長する保険市場を生み出した。バーゼル・グループは、そのドイツ子会社をドイツ市場における重要な会社に育て上げた。19世紀に始まったバーゼルの保険者とドイツとの関係は、20世紀の破局を乗り越え、その事業の基盤の一つであり続けている。
注
- 第二次世界大戦中に設けられた連邦戦争運送保険(Kriegstransportversicherung)およびスイスの私的保険者の参加については、スイスの戦時経済に関する文献を参照。要確認。 ↩
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