1833年以降のプライベートバンクと政治秩序
第D部で検討する1833年のバーゼル州(カントン)の分割は、市のプライベートバンクに影響を及ぼした。市とわずかな村々に縮小されたバーゼル=シュタット州は、数十年にわたり旧エリート層の統治下にとどまった。その間、プライベートバンカーは引き続きその政治と行政において主導的な役割を果たした。市に対して蜂起した農村人口によって統治されたバーゼル=ラントシャフト州は、1864年に設立された州立銀行を含む独自の制度を発展させた。1
このようにバーゼルのプライベートバンクは、市においては有利で、農村部においてはより疎遠な政治環境の中で営業した。それらは引き続き市の門閥家族と諸機関に奉仕し、市と地域の産業に資金を供給した。19世紀後半のバーゼル=シュタット州の民主化は、直接民主制を導入し旧家の支配を終わらせた1875年の憲法改正で頂点に達し、プライベートバンクの政治的影響力を低下させたが、その経済的役割は存続した。2
プライベートバンクと政治秩序の関係は、スイス金融センターの一つの特徴、すなわち経済的役割を保持しつつ政治的変化に適応する能力を例証している。バーゼルのプライベートバンクは、ヘルヴェティア革命、州の分割、市の民主化、そして労働運動の台頭を生き延びた。その後も、世界大戦、20世紀の危機、そして銀行秘密の終焉を生き延びた。その存続は、その慎重さ、適応力、そして市の社会構造への根づきによるものである。
注
- 1864年のBasellandschaftliche Kantonalbankの設立および1833年以後のバーゼル=ラントシャフト州の金融機関については、HLS, article "Basel-Landschaft";同行の沿革を参照。日付は要確認。 ↩
- 近代的な民主的憲法を導入し旧家の政治的支配を終わらせた1875年のバーゼル=シュタット州の憲法改正については、HLS, article "Basel-Stadt"を参照。要確認。 ↩
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