大衆貯蓄としての生命保険
19世紀末から20世紀初頭にかけて、生命保険は広範な住民にとっての貯蓄の一形態となった。大衆生命保険、すなわちVolksversicherungは、毎週または毎月徴収される低額の保険料による小口の保険契約を提供し、被保険者の死亡時または一定の年齢に達した時に控えめな一時金を支払った。労働者、事務員および小売店主は、公的年金が存在しないなかで、葬儀費用を賄い、寡婦や子どもの生活に備え、老後のために貯蓄するために、そのような保険契約を購入した。1
バーゼルの生命保険者はこの事業に参加した。1948年に老齢・遺族保険(AHV)が導入される以前、生命保険契約はスイスの住民の主要な貯蓄形態の一つとなった。数百万件の小口保険契約の保険料から積み上げられた生命保険者の準備金は、国内最大級の資本の蓄積となり、債券、住宅ローンおよび不動産に投資された。
大衆生命保険は、その高い費用のゆえに批判された。保険契約者の自宅を訪問する代理人による小口保険料の徴収には費用がかかったからである。また、保険料の支払いを継続できずに早期に保険契約を解約した保険契約者が被る損失についても批判された。これらの批判は、解約返戻金と費用に関する規制をもたらし、生命保険商品の費用と透明性に関する現代の議論を先取りするものであった。過大な費用と早期解約による貯蓄の喪失からの保険契約者の保護は、依然として保険規制の中心的な関心事である。2020年に改正された保険契約法は、この点に関する保険契約者の情報を受ける権利を強化した。
注
- 19世紀末および20世紀初頭のスイスにおける大衆生命保険(Volksversicherung)については、スイス保険史に関する文献を参照。要確認。 ↩
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