責任、リスクと損害賠償法
産業の成長は、第三者に対する新たなリスクを生み出した。工場で負傷する労働者、汚染によって被害を受ける住民、欠陥製品によって被害を受ける消費者、鉄道事故で負傷する乗客である。個々の不法行為のために発展してきた損害賠償法は、産業活動のリスクに適応しなければならなかった。1881年のスイス債務法(CO)は、過失責任に関する一般規定を含んでおり、それによれば、故意または過失により違法に他人に損害を与えた者はこれを賠償しなければならない。特別法は、とりわけ危険な活動について無過失責任を導入した。すなわち、1875年の連邦法による鉄道、1880年代の工場責任法による工場、そして後には自動車、原子力施設その他の危険な活動である。1
賠償責任保険は、賠償責任法と並行して発展した。その活動によって生じた損害について責任を負う企業は、そのリスクを賄うための保険を必要とした。保険者は、第三者に対する被保険者の責任を補償する保険契約を提供した。バーゼルの保険者が市の産業顧客のために発展させた賠償責任保険は、損害保険の主要な分野の一つとなった。
化学産業は、その排出物、その製品およびその事故によって生じた損害について責任に直面した。第II章で述べた1860年代のヒ素事件は、汚染に対する責任の初期の例であった。20世紀には、スイス環境保護法が、環境に特別な危険をもたらす施設の運営者に対して厳格責任を導入した。欧州指令に基づく1993年の連邦製造物責任法は、欠陥製品に対する厳格責任を導入した。2 バーゼルの製薬会社は、その医薬品の有害作用について、スイスにおいて、そしてとりわけ米国において、製造物責任に基づく請求に直面している。米国では、大規模不法行為訴訟が多額の和解につながっている。
賠償責任法と保険との関係は相互的である。賠償責任法は企業が直面するリスクを決定し、保険は企業がそれらのリスクをどの程度移転できるかを決定する。責任が拡大すると、保険者は保険料を引き上げ、または特定のリスクを除外する。そうなると、企業はより多くのリスクを自ら保有しなければならない。1980年代の大規模な損失の後に環境リスクについて生じたように、特定のリスクについて保険が利用できなくなると、立法者が介入しなければならないこともある。バーゼルの保険者と化学産業は、この関係において1世紀以上にわたりパートナーであり、また敵対者でもあった。
注
- 過失責任に関するCO(SR 220)第41条。1875年7月1日の鉄道会社の責任に関する連邦法。1881年および1887年の工場責任法。その後の厳格責任制度(道路交通法、原子力損害賠償法)。要確認。 ↩
- 環境に特別な危険をもたらす施設に対する厳格責任に関する環境保護法(EPA、SR 814.01)第59a条(1997年施行)。1993年6月18日の連邦製造物責任法(PLA、SR 221.112.944)、1994年1月1日施行。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。