1471年の特権からヘルプストメッセへ
1471年の特許状は、バーゼルに年2回の見本市の開催を認めたものであり、そのうち秋の見本市が今日まで存続している。第A編では、この特許状の付与の事情と、15世紀の見本市都市間の競争におけるその位置付けを検討したため、ここでは簡潔な要約で足りる。バーゼルの見本市は、リヨン、そして後のフランクフルトやジェノヴァの為替見本市が体現したような国際的な決済の中心地には決してならなかった。それらは上ライン地方、スイスの各州(カントン)および南ドイツの商人に役立った。時とともに、それらは消費財の市場へと変わり、19世紀以降は遊園地のアトラクションを備えた民衆の祭りとなった。1
Herbstmesse(秋の見本市)は現在も毎年10月30日の前の土曜日に開幕し、正午に聖マルティン教会の鐘が見本市の始まりを告げる。期間は約2週間で、ペータースプラッツ、バーフュッサープラッツ、ミュンスタープラッツ、メッセプラッツ周辺など市内の複数の広場に広がり、乗り物、屋台、そしてMässmoggeのような伝統的な菓子が地域全体から来場者を集めている。州はその行政を通じて見本市を主催し、公法上の許可に基づいて興行師に出店区画を割り当てている。2020年の見本市がパンデミックのために中止された後、バーゼルは2021年に特許状の550周年を祝った。2
Herbstmesseは、しばしばスイスで最古かつ最大の同種の見本市と言われる。中世には多くのスイスの町が市場や見本市を開催しており、市場、見本市および民衆の祭りの区別も流動的であるため、こうした最上級の表現を検証することは難しい。本章にとって重要なのは、この制度の連続性である。バーゼルは5世紀以上にわたり、ほとんど途切れることなく秋の見本市を開催してきた。したがって同市は、出店区画の割当て、商取引の規制および群衆の警備について、近代的な産業見本市よりはるか以前にさかのぼる行政上の伝統を有しており、このことは、第一次世界大戦中に全国見本市という構想がバーゼルで好意的に受け入れられた理由の説明に役立つ。3
注
- 帝国見本市から民衆の祭りへのバーゼルのHerbstmesseの発展については、HLSの項目「Messen」、およびHerbstmesseに関するPräsidialdepartement des Kantons Basel-Stadtの公表資料を参照。要確認。 ↩
- 聖マルティン教会におけるHerbstmesseの開幕儀式、見本市の会場、および2020年の開催中止後の2021年の550周年については、バーゼル=シュタット州の公表資料および報道を参照。日付および詳細は要確認。 ↩
- バーゼルのHerbstmesseがスイスで最古かつ最大の同種の見本市であるという主張、およびスイスの町における市場と見本市の歴史的区別については、HLSの項目「Messen」および「Märkte」を参照。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。