金融安定化フォーラムから金融安定理事会へ
金融安定理事会(FSB)は、1997年から1998年のアジア金融危機から生まれた。タイからインドネシア、韓国へ、さらにはロシアとブラジルへと波及したこの危機は、金融規制における国際協力の既存の仕組みが分断されていることを示した。銀行監督当局はバーゼル銀行監督委員会で、証券規制当局は証券監督者国際機構(IOSCO)で、保険監督当局は新設の保険監督者国際機構(IAIS)で会合を持ち、国際通貨基金(IMF)と世界銀行はそれぞれ独自のサーベイランスと融資の課題を追求していた。金融システムを全体として見る責任を負う者は誰もいなかった。1998年10月、G7の財務大臣・中央銀行総裁は、当時ドイツ連邦銀行総裁であったHans Tietmeyerに対し、各国および国際的な監督機関と国際金融機関の間の協力のための新たな体制について協議するよう要請した。1
Tietmeyerは1999年2月に報告書を提出した。同報告書は、主要な金融センターにおいて金融安定に責任を負う各国当局、国際金融機関、国際的な監督・規制グループ、および中央銀行専門家の委員会を定期的に一堂に会させる金融安定フォーラム(FSF)の創設を勧告した。2 G7は1999年2月のボンでの会合においてこの提案を承認した。同フォーラムは1999年4月にワシントンで初会合を開いた。初代議長は国際決済銀行(BIS)総支配人のAndrew Crockettであり、その小規模な事務局はバーゼルのBISに置かれた。BISはすでに、新フォーラムが調整することとされたバーゼル銀行監督委員会および中央銀行専門家の委員会を受け入れていたため、この所在地の選択は自然なものであった。3
金融安定フォーラムの手段は、控えめなものにとどまった。同フォーラムは法人格も拘束力ある任務も持たず、職員もわずかであった。その構成員は、G7諸国に加え、オーストラリア、香港、オランダ、シンガポール、スイスといったいくつかの金融センター、ならびに国際金融機関および基準設定機関であった。2007年までの数年間、同フォーラムは、高レバレッジ機関、オフショア金融センター、資本移動などのテーマに取り組んだ。同フォーラムはまた、健全な金融システムのための12の主要基準を特定した基準集(Compendium of Standards)を編纂した。4 Crockettの後の議長は、米国連邦準備制度のRoger Ferguson、そして2006年からはイタリア銀行総裁のMario Draghiであった。
2007年から2009年の世界金融危機は、同フォーラムを変容させた。2008年4月、FSFは市場と金融機関の強靭性の強化に関する報告書を公表し、これは危機に対する最初の協調的な国際的対応の一つとなった。5 G20首脳が2008年11月にワシントンで、2009年4月にロンドンで会合を開いた際、同フォーラムを国際的な金融改革課題の中心的な調整機関とすることが決定された。2009年4月2日のロンドン・サミット宣言は、金融安定フォーラムを、より強固な制度的基盤、全G20諸国、スペインおよび欧州委員会を含む拡大された構成員、ならびにより広範な任務を備えた金融安定理事会として再編すると発表した。6 2009年9月のピッツバーグ・サミットにおいて、G20首脳はFSB憲章を承認し、同理事会を、合意した金融改革の実施を調整し監視する機関に指定した。7
FSB憲章は、新機関の任務を広く定めた。同理事会は、世界の金融システムに影響を及ぼす脆弱性を評価し、金融安定に責任を負う当局間の協調と情報交換を促進し、市場の動向を監視しそれについて助言し、規制基準を満たすうえでのベストプラクティスについて助言し、基準設定機関の政策策定作業について共同の戦略的見直しを行い、監督カレッジのためのガイドラインを定め、国境を越える危機管理のための緊急時計画を支援し、早期警戒の取組みにおいてIMFと協力することとされた。8 構成員は、金融安定の維持を追求し、金融セクターの開放性と透明性を維持し、国際的な金融基準を実施し、定期的なピアレビューならびにIMFおよび世界銀行の金融セクター評価プログラム(FSAP)に基づく評価を受けることを約束した。
注
- 監督機関間の協力のための新たな仕組みの検討をHans Tietmeyerに委任した1998年10月30日のG7財務大臣・中央銀行総裁宣言。トロント大学のG7 Information Centreも参照。要確認。↩
- Hans Tietmeyer, International Cooperation and Coordination in the Area of Financial Market Supervision and Surveillance、G7財務大臣・中央銀行総裁への報告書、1999年2月11日。要確認。↩
- 1999年4月の金融安定フォーラムの初会合およびAndrew Crockettの議長職については、FSFのプレスリリース(1999年)およびFSBウェブサイト上のFSB, "History of the FSB"を参照。要確認。↩
- 高レバレッジ機関、オフショア金融センターおよび資本移動に関する報告書(2000年)ならびに基準集を含む、1999年から2007年までの金融安定フォーラムの活動については、FSBウェブサイトに保存されているFSFの報告書を参照。要確認。↩
- Financial Stability Forum, Report of the Financial Stability Forum on Enhancing Market and Institutional Resilience、2008年4月7日。要確認。↩
- G20, The Global Plan for Recovery and Reform、ロンドン、2009年4月2日、および付属のDeclaration on Strengthening the Financial System。要確認。↩
- G20, Leaders' Statement: The Pittsburgh Summit、2009年9月24日~25日。2009年にG20が承認し、2012年に改正されたFSB憲章。要確認。↩
- FSB憲章第2条(任務)。憲章の本文はFSBウェブサイトに公表されている。要確認。↩
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