国家教会から公法上の教会へ
宗教改革がバーゼルに生み出した教会と国家の一体化は、ほぼ4世紀にわたって続いた。改革派教会は参事会によって管理され、その牧師は教会・学校基金と市の一般歳入から報酬を支払われた。その財産は公有財産であった。他の宗派は狭い範囲でしか容認されなかった。カトリックの礼拝は19世紀まで市内では許されず、ユダヤ人共同体は、第A部で示したとおり、解放の後になってようやく再建することができた。
19世紀は信教の自由と、諸宗派の国家からの分離をもたらした。1874年の連邦憲法はスイス全土において信仰と礼拝の自由を保障し、その後、諸州は教会との関係を再編した。バーゼル=シュタット州では、20世紀初頭の憲法改正によって教会と国家が分離された。福音改革派教会、ローマ・カトリック教会、そして後にキリスト教カトリック教会が、その信徒に教会税を課す権利を有する公法上の自律的な団体として承認された。国家はそれらの管理から手を引いた。1
バーゼル=シュタット州は今日、スイスで最も世俗的な州の一つであり、承認された教会の信徒数は大幅に減少している。教会税は教会自身がその信徒から徴収する。教会税は企業にとっては限られた意味しか持たない。バーゼル=シュタット州では、他のいくつかの州とは異なり、企業は教会税を納めないからである。教会の国家からの分離と、法人に対する教会税の不存在は、第G部で検討する同州における企業の税務条件の一要素である。
中世の教会の寄進財産から1529年の世俗化を経て1910年の分離に至るバーゼルの教会財産の歴史は、集団的な富の管理における公と私、宗教と世俗の関係の変遷を示している。1529年以降に参事会が管理した寄進財産は、それを設立した機関が消滅した後も、その宗教的起源によって定められた目的に奉仕した。第E部で検討するバーゼルの現代の財団は、法的監督の下で定められた目的に奉仕する、目的に捧げられた富というこの伝統を受け継いでいる。
注
- バーゼル=シュタット州における教会と国家の分離(1910年の憲法改正、1911年施行)と、教会税を課す権利を有する公法上の団体としての教会の承認については、バーゼル=シュタット州憲法(2005年3月23日の憲法、第126条以下)を参照。日付は要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。