バーゼルの記憶の中のエラスムス
バーゼルはさまざまな形でエラスムスの記憶を守り続けてきた。ミュンスター(大聖堂)にある彼の墓には、世界中から敬愛者が訪れる。彼が没したボイムラインガッセの家zum Luftには銘板が掲げられている。美術館(クンストムゼウム)はホルバインが描いた彼の肖像画を所蔵し、大学図書館は彼の蔵書と文書を所蔵している。バーゼル大学はいくつかの機関に彼の名を冠しており、また欧州連合(EU)の学生交流プログラムは、ヨーロッパの多くの都市で学び教えたロッテルダムの人文主義者にちなんでエラスムスと名付けられ、彼が体現した世界市民的な理想を想起させる。1
エラスムス・プログラムへのスイスの参加は、それ自体が政治的交渉の対象となっている。2014年に大量移民反対の国民発議が可決された後、EUはスイスの同プログラムへの完全参加を停止した。以来スイスは、EUとの新たな協定パッケージの一環として同プログラムへの復帰を交渉する一方で、学生の移動のための代替的な仕組みに資金を拠出してきた。2 こうして、開放性ゆえにバーゼルを選んだ人文主義者の名は、第K部で検討するスイスとヨーロッパの関係の象徴となった。
金融センターにとってのエラスムスの遺産は、彼が生涯を通じて擁護したいくつかの原則に要約することができる。すなわち、学識と正確な情報の価値、評判の重要性、戦争よりも平和を選ぶこと、為政者が公共財政を倹約かつ公正に運営すべきであるという要請、個人の独立の尊重、そして分極化の時代における判断の節度である。これらの原則は金融に固有のものではないが、それらを尊重する金融センターは、顧客の信頼に値する立場に立つことができるであろう。
注
- バーゼルにおけるエラスムスの記念物(ミュンスターの墓、zum Luftの家、クンストムゼウムのホルバインの肖像画、大学図書館の文書)については、郷土史文献及び関係機関の刊行物を参照。要確認。 ↩
- 2014年2月9日の国民投票後のエラスムス・プラスへのスイスの完全参加の停止、スイスの移動プログラム、及び2024/2025年に締結された二国間協定パッケージの文脈における再参加交渉については、教育・研究・イノベーション庁(SERI)の刊行物を参照。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。