染料、化学と化学産業への道
リボン産業の染料需要は、近代バーゼルの最も重要な産業を準備することとなる商業と技術を生み出した。バーゼルの商人は世界中から天然染料を輸入した。インドおよび南北アメリカからのインディゴ、メキシコからのコチニール、ネーデルラントおよびレバントからのアカネ、カリブ海および南アメリカからのログウッドとブラジルウッド、ヨーロッパからのウェルドとサフランである。彼らの一部は、これらの染料を市と地域の染色職人に販売するだけでなく、染料、薬品および化学製品、いわゆるMaterialwarenの取引を専門とするようになった。1
こうした商人の一人がJohann Rudolf Geigyであり、彼は1758年にバーゼルで、あらゆる種類の材料、化学品、染料および薬品を扱う事業を設立した。彼の子孫がこの事業を継承した。19世紀に合成染料が発見されると、Geigy社はその生産を開始した。J. R. Geigy社はバーゼル化学産業の柱の一つとなり、一連の合併を経て、1970年にCiba-Geigyの一部に、1996年にNovartisの一部となった。2 1758年の染料商人から今日のグローバルな製薬グループに至る系譜は、いかなる都市の経済史においても最も注目すべき連続性の一つである。
1856年にロンドンでWilliam Henry Perkinがモーブを発見したことに始まる1850年代の合成染料の発見は、染料取引を一変させた。照明用ガスの生産の廃棄物であるコールタールから得られる合成染料は、天然染料よりも鮮やかな色、高い均質性および低いコストを提供した。染料の市場を熟知し、投資する資本を有していたバーゼルの染料商人と染色職人は、この発見を活用するのに有利な立場にあった。1850年代後半から1860年代にかけて、バーゼルのいくつかの企業が合成染料の生産を開始した。その中には、バーゼルに定住し1859年にフクシンの生産を開始したリヨン出身の絹染色職人Alexander Clavelの会社があった。彼の事業は、のちにCibaとして知られる会社の礎となった。3
このようにバーゼルの化学産業は、染料の需要、染色の知識、リボン商人の資本、そして彼らが築いた市場とのつながりから、絹リボン産業から直接に成長した。第D部では、この産業の発展と、今日のバーゼル経済を支配する製薬産業へのその変容を検討する。19世紀後半に衰退したリボン産業は、自らをはるかに凌駕することとなる後継者を残したのである。
注
- 18世紀バーゼルにおける天然染料(Materialwaren、Farbwaren)の取引については、バーゼル化学産業の起源に関する文献を参照。要確認。 ↩
- 1758年のJohann Rudolf Geigy-GemuseusによるGeigy事業の設立(材料、化学品、染料および薬品の取引)、J. R. Geigy AGへの発展、1970年のCibaとの合併、および1996年のCiba-GeigyとSandozの合併によるNovartisの成立については、HLS, article "Geigy";各社の社史を参照。要確認。 ↩
- 1859年にバーゼルでフクシンの生産を開始したリヨン出身の絹染色職人Alexander Clavel、およびその事業のGesellschaft für Chemische Industrie in Basel(Ciba、1884年)への発展については、HLS, articles "Clavel, Alexander" and "Ciba"を参照。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。