事務員、女性と銀行の労働力
株式銀行の成長は、新たな職業階層、すなわち銀行事務員を生み出した。18世紀のプライベートバンクは、帳簿をつけ、パートナーの書簡を作成する少数の事務員を雇っていたにすぎなかった。19世紀後半および20世紀の大銀行は、数百人、後には数千人の従業員を雇用し、それらは預金、融資、証券、外国為替、通信および会計の各部門に組織された。銀行業は、中間層出身の若い男性にとってのキャリアとなった。彼らは学校教育を終えた後に銀行に入り、見習い修業を通じて訓練を受け、昇進していった。1
企業での就労と商業学校への通学を組み合わせた商業見習い制度、すなわちkaufmännische Lehreは、スイスにおける銀行従業員の主たる養成経路となった。スイス商業協会の学校をはじめとするバーゼルの商業学校は、市の銀行、保険会社および商社のために幾世代もの事務員を養成した。第C部で言及したスイスの職業訓練制度は、こうして金融センターにその労働力を供給した。
女性は20世紀初頭に銀行に入り始めた。当初はタイピスト、電話交換手およびバックオフィスの事務員としてであり、それらは従属的なものとみなされ、男性よりも低い賃金しか支払われない地位であった。多くの男性が動員された第一次世界大戦は、女性の進出を加速させた。数十年にわたり、女性は銀行の経営陣や、プライベートバンキングにおける顧客対応の地位から排除されていた。女性がこれらの地位に進出したのは、20世紀後半になってからのことである。スイスの銀行の上級経営陣における女性の割合は、依然として議論の対象であり、2021年以降は、大規模上場企業に対する性別構成に関する連邦の報告義務の対象ともなっている。2
銀行の労働力の歴史は、金融センターが、一族の邸宅における少数のパートナーの活動から、数万人を雇用する産業へと変化した過程を示している。バーゼル=シュタット州(カントン)では、銀行および保険会社を含む金融部門が、化学・製薬産業に次ぐ主要な雇用主の一つとなった。
注
- 19世紀後半および20世紀のスイスにおける銀行の労働力の発展(事務員、商業見習い制度、女性の進出)については、スイス銀行業の社会史に関する文献を参照。要確認。 ↩
- スイスの大規模上場企業の取締役会および業務執行役員会の性別に関する基準値(スイス債務法(CO)第734f条。取締役会について30パーセント、業務執行役員会について20パーセント。遵守せよ、さもなくば説明せよ)は、経過期間付きで2021年1月1日から施行されている。関係法令を参照。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。