清算、信用とドイツとの経済関係
第二次世界大戦中、スイスとドイツの経済関係はクリアリング協定によって規律されていた。クリアリング協定の下では、両国間の支払は外貨ではなく中央銀行の口座を通じて行われた。すなわち、スイスの輸入業者はドイツ製品の代金をスイス国立銀行(SNB)のクリアリング口座にスイスフランで払い込み、そこからドイツへのスイスの輸出業者に支払が行われた。この制度により外貨不足にもかかわらず貿易を継続することができたが、他方で両国は貿易収支を均衡させるか、相互に信用を供与することを求められた。1
スイスのドイツ向け輸出は輸入を上回っていた。スイス政府はドイツにクリアリング信用を供与し、その額は戦時中に10億フランを超えた。この信用によりドイツは工作機械、精密機器、化学品および電力などのスイス製品を購入することができ、それがドイツの戦争経済を支えた。スイス政府はこの信用を、ドイツによるスイスへの石炭、鉄および食料の供給の対価として正当化した。これらの供給なしにはスイス経済は存続し得なかったのであり、また政府はこの信用をスイスの独立を維持する手段としても正当化した。
バーゼルの化学産業もこの貿易の一部を担っていた。同産業は、封鎖と逆封鎖によって設定された範囲内で、ドイツおよび連合国に染料、医薬品および化学品を供給した。独立専門家委員会は戦時中のスイス化学産業の貿易を調査し、同産業が連合国にも供給する一方で、特定の分野においてドイツの戦争経済に寄与したと結論付けた。
戦時中のドイツとの経済関係は、交戦国に囲まれた中立国のジレンマを示している。スイスは存続のためにドイツと貿易せざるを得なかったが、その貿易はドイツの戦争遂行を支えた。連合国はこの貿易をある程度まで容認し、戦局が有利に転じるにつれてスイスにその縮小を迫った。スイスが欧州連合(EU)および国際連合の制裁を採用することによって適用している現代の制裁法は、このジレンマを異なる枠組みの中に置いている。すなわち、スイスは現在、自国の経済的利益を犠牲にしてでも、特定の国家との貿易を制限することを選択しているのである。
注
- 第二次世界大戦中のスイスとドイツの間のクリアリング制度およびスイスがドイツに供与したクリアリング信用については、独立専門家委員会の最終報告書(2002年)および枢軸国とのスイスの対外貿易に関する同委員会の研究を参照。要確認。 ↩
本記事は一般的な情報提供のみを目的としています。法律上または税務上の助言を構成するものではなく、個別案件に関する助言に代わるものでもなく、弁護士と依頼者との間に委任関係を生じさせるものでもありません。本記事は2026年10月時点の法的状況を反映しています。