アダム・ペトリとハインリヒ・ペトリ:宗教改革と世界の出版者
ペトリ家は、バーゼルの印刷業者のもう一つの家系を形成した。アメルバッハの組合員であったヨハン・ペトリの後は、甥のアダム・ペトリが継ぎ、彼は初期宗教改革の主要な印刷業者の一人となった。1520年代初頭、アダム・ペトリはマルティン・ルターの著作を大量に再版した。その中には、1522年にヴィッテンベルクで初版が刊行されてから数か月のうちにバーゼルで再版したルターのドイツ語訳新約聖書が含まれる。この再版には、木版画と、ルターのザクセン方言の語を上部ドイツ語圏の読者に説明する語彙集が付されていた。1
バーゼルの印刷業者によるルターの再版は、初期宗教改革の商業的論理を示している。ルターの著作には膨大な需要があったため、帝国全域の印刷業者は、彼の許可を得ず、彼に支払うこともなく、それを再版した。印刷業者にとって、宗教改革は宗教的信念である前に市場の機会であった。バーゼルの印刷業者は上部ドイツ及びスイスの市場にルターのテキストを供給し、1529年のバーゼル自体における宗教改革につながる思想の普及を助けた。
アダムの息子ハインリヒ・ペトリは印刷所を継承し、16世紀半ばの偉大な出版者の一人となった。彼の最も有名な出版物は、バーゼル大学で教えたヘブライ学者・地理学者ゼバスティアン・ミュンスターのCosmographiaであった。1544年に初版が刊行されたCosmographiaは、地図と数百点の木版画を備えたドイツ語による世界の記述であり、数十の版と翻訳を重ね、16世紀に最も広く読まれた書物の一つとなった。2 それは相当な投資を必要とする大部で高価な書物であった。その成功はペトリ家の財産を築いた。それはまた、もはや神学と古典に限定されず、一般読者のために既知の全世界を記述する書物を生産したバーゼルの印刷業者の野心を示している。
注
- アダム・ペトリ(1454年〜1527年)及びそのルター著作の再版(ルターの語彙の語彙集を付した1522年12月の九月聖書の再版を含む)については、スイス歴史事典(HLS)の項目「Petri」、並びに宗教改革期の出版に関する文献を参照。要確認。 ↩
- Sebastian Münster, Cosmographia, Basel: Heinrich Petri, 1544、及びその後の多数の版と翻訳。スイス歴史事典(HLS)の項目「Münster, Sebastian」及び「Petri」を参照。要確認。 ↩
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